2007年03月

或いは

 これはてんでどうにもならないな,と,惚ける事が多くなった気もする。
 それは勿論,絶えずの人にも及んで云える事だし,自らの肉体にも云える事で,異なった次元を同一にさせては惑い憂う。
 彼の人はそういう人であった。これはてんでどうにも敵わない,と,彼の機軸跡を遠き芝生から眺めては感じた入ったものだった。それは経歴や感性云々といった―――ある一部の人は好みそうな,またある一部の人は激しく嫌悪する,明確であやふやで魂の抜け殻の証の様な―――ものでは淵を辿れぬもので,在りし事それ自体が目映い程の記しを散りばめさせていたのだった。だからこそ祝着に存じたプロローグであって欲しいとも強く願っている。アイスクリームはとけない。一つの手掛かりである。

炭酸飲料

 雨の降る中,小走りに駆けてゆく。そして嫌いな炭酸飲料を買う。空を見上げる瞬きなく,幾つもの水たまりを飛び越える。夜は深いはずなのに静けさだけでは淋しくならない。
 一通のメール。「ご希望の商品はメーカー在庫切れの為キャンセルされました。」
 そうか。何週か前に頼んでおいたものだ。何を注文していたかも忘れてしまっていた。部屋には読んでいない本が積み上げられ,レコードショップの段ボールやらビニール袋やらが未開封のままで立て掛けられている。決して閑散とはしていない。していないけれども必要のない品物にも生気が漂わない事を見た。
 相変わらず何が欲しいか分からない。何が欲しいか分からないという気持ちを初めて知って,これ程までにも―形容のし難い―居心地の悪い気分だとは……,身震いさえ催す。これが言わば“宗教的に”“満たされている”と呼ばれる状態なら平穏なんてくそくらえなんだ。例えば高価なものにかかわらず,何かしらの欲しい物がなければ頑張る気にもなれない。頑張る,陳腐な褪せた言葉に当てはまる通りに,何もかもに自己を取り巻くいずれの環境にも態勢にもにつまりはやる気も起きないと云う事だ。それは憶えた幼い諦念が雛鳥ではなくなったかの様。この状況を打開しようとする意気さえも消失しまっているんだよ。
 メモ帳を取り出し,何が欲しかったかを書き出そうとした。だけれどそれはやめにした。この上無く馬鹿げた事に思えたからだ。生きていく為の僅かな金銭を貯める目的はないけれど,それをむざむざ浪費はしなくともいい筈だ。それぐらいの簡単な計算は出来る。
 だから何も求めず求められず誰も求めないならそういう生き方に転向しよう,と思い馳せるのは自傷行為にも似ている気がする。昔,世の何も今より知らなかった頃,2003年3月27日に,わたし自身が,『いつも白か黒かで在ることを理想としてきたけれど、やっぱりそれだけでは構成されないんだろう。少しだけのお金と少しだけの知人がいればどこでだって生きれる。』と書いた事をしばしば思い出す。どこでだって生きられるとは今も変わらず思っている。この部屋に有る物や長らく執拗に追い掛けていたものや粗末な知識も不燃で不要な訳なのさ。
 炭酸飲料が苦手なのは,喉に痛みを感じるからだ。爽快感なぞ一切無い。痛みが味―と云っても大量の甘味料だけれど―を消し,鼻に抜けゆくガスに涙ぐんでしまう瞬間が殊に憎いからだ。そういう理由でビールも発泡酒も嫌いなのだけれど,ジンジャーエールだけは特別で,そんな事を書くとまるでくるりの“ばらの花”を忘れられないままでいる子の様で,苦笑いしか出来なくなるね。
 雨音が響く。白い煙は空に上る。炭酸の泡は知らないうちに弾いて終い。

春霞

 時に,欲しいものがなくなり虚無故の解放から祈るのではなく,時に,歪んだ関わりの末を案じる保身から祈るのでもなくなって,聖書を久し振りに開けば変わらない神の言葉がそこに。神は変わりなくそして日常も変わっていなかった。朽ちるこそのみが普遍であらば老齢へと栄えゆく日々。
 煙草を吸う量が増えては減り増えては減り,煙が天まで届かない様にとだけは祈る。ふしだらに不義を重ね,憶測も推測も実際も何もかもが露見してしまうのなら隷従するさ,望まれる方向に望まれたままで。
 ようやくくしゃみと鼻水はましになり,外界の音も景色も風も再び知れるようになった。
 そうして珈琲に砂糖を加えるのもやめてしまおう。ついでに,とも云うべきか,最もな核心とも云うべきか,欲にまみれた生活が活気溢るるものならば舞い戻る事さえも願い,しぼんだ佇まいが何やらかを廃するならば肉の化身を弄ぶ事も引き続き。
 宙中が白く霞む中,何も思わず―思考と呼べるものは―,何も聴かず―騒音と呼ばれているもの以外は―,ただ幾ばくかの生の在り処を嗅ぎ取っては下を向くしかなかった。世界は白かったからだ。そして機械的に笑っているしかなかったからだ。だけれど白い世界と白濁した世界は違う事も知っている。
 今更に白く混濁した世界が煌めいているとは云わないし,ましてやどす黒く曇っているとも云わないけれど,どちらにしろ憧憬からはすえた匂いがしてきて,吐瀉物に顔を背けるぐらいなら,嫌な事を嫌と明示した方が利口だ。
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